2009年2月28日土曜日

プロ根性



この動画を最初見たとき、チョットMcLaughlin調子悪いのかなって思いましたが、しばらくしてすぐ判明しました。
 最初、左手の人差し指に取れかかった絆創膏がご覧になれるかと思います。
たぶん、同時期かと思うのですが、McLaughlinが指のケガ(それもかなり深いキズ)をしたっていうことをきいたことがあります。
 多分、その時のケガなんでしょう・・・
 途中途中、やっぱり指をかばっているなあという場面もありますが、演奏も佳境になると、そんなことはなかったかのような素晴らしい演奏です。
それは最後の観客の拍手が実証してますね。
 けっして強要することのない、お客さんの自発的な拍手・・・
これがあるから、演奏家はやめられないのでしょう
 多少、支障があろうとも、最後まで演奏をやりきる。
観客を感動させる為に・・・
 プロ根性が垣間見える動画でした。




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2009年2月26日木曜日

帝王が帝王たる理由



Miles Davis、帝王Milesの呼称で愛された人である。
このMilesって人、その時の新進気鋭のアーティストを見抜く眼力をもっている意味でも「帝王」とよばれたんではないかなって、ふと思いました。
 Milesに育てられ名を馳せたアーティストはかなりいます。特にギタリストを見抜く力があったみたいですね
 Jimi Hendrixが生きてた頃はしきりに彼を自分のバンドに入れたがってたみたいですし、代表的なところでは、John McLaughlin,Mike Stern,John Scofield等、Milesバンドから巣立ったアーティストはその後の活躍もめざましいものです。

 Miles Davis・・・・
 企業経営者としても成功していたんではないでしょうか




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2009年2月23日月曜日

障害をバネに



 日々何気なくすごしていると、自分がこうして普通にblogを更新していること、視力は悪いながらもキチンと物を見ることができること、ガニ股ではあるが歩くことができること、音楽を聴くことが出来る聴覚をもっていること、etc・・・・・
全く当たり前の事である故に、そのありがたみを忘れてしまっている事が多い。

 ただほとんどの人が当たり前のように備わっている事が不幸にして先天的にしろ、後天的にしろ失っている方もいる。
そして、そういうハンデを負っているにもかかわらず、えてしてそういう人に才人が多い。
きっと、ハンデがあるぶん、ほかの感覚が研ぎ澄まされるのであろう・・
 今回はそんなハンデを背負った才人の中の一人のピアニストを紹介します。

 <大><太>Michel Petrucciani(1962年12月28日 - 1999年1月6日)は、フランス出身のジャズ・ピアニスト。先天性疾患による障害を克服し、フランス最高のジャズ・ピアニストと評価されるほどの成功を収めた。

その独自性の強いスタイルはビル・エヴァンスらの影響を受けており、また一部ではキース・ジャレットとも比較される。

今から10年前に他界されている。
 以下Wikiからの引用
「ペトルチアーニはフランスのオランジュでイタリア系フランス人の家庭に生まれた。遺伝的原因から、生まれつき骨形成不全症という障害を背負っていた。この障害のため、彼の身長は成長期になっても1メートルほどにしか伸びず、骨はもろく、またしばしば肺疾患に苦しめられた。同年代の少年が熱中するようなスポーツに加わることはできず、ペトルチアーニの関心はもっぱら音楽に向けられるようになった。ペトルチアーニは特にデューク・エリントンの音楽を好み、ピアニストになりたいと願うようになった。そこでクラシック・ピアノを習い始め、何年も練習を続けたが、その一方でジャズから心が離れることはなかった。

ペトルチアーニは13歳で最初のコンサートを迎え、18歳の時に初めてトリオを組んだ。彼の骨は非常にもろかったので、演奏席までは他人に運んでもらわねばならなかった。またペダルに足が届かないためペダル踏み機を使わねばならなかったが、腕は標準的なサイズであったことで、鍵盤を弾くことができたのである。その天才的な演奏ぶりは広く注目を集めた。

1982年、ペトルチアーニはアメリカへ渡った。アメリカで彼はチャールズ・ロイドのバンドに参加するなど、いっそう積極的に演奏に取り組み、1980年代~1990年代を代表するジャズ・ピアニストの一人となった。1986年にはウェイン・ショーターとアルバムで共演、また晩年のディジー・ガレスピーとも共演している。

ペトルチアーニはフランス人としては最初に、名門ジャズレーベルのブルーノート・レコードと契約したピアニストである。1994年、レジョン・ドヌール勲章を授与、2002年6月にはパリ18区の広場が「ミシェル・ペトルチアーニ広場」と命名された。

ペトルチアーニは3人の女性と関係を持った。 最初の結婚はインディアン・ナバホ族出身のエルリンダ・モンターニョ。2度目の結婚はイタリア人のピアニストジルダ・ブッタ(Gilda Buttà)。ペトルチアーニは2人の息子の父親となったが、アレクサンドル(Alexandre)は父親と同じ障害を持って生まれた。

ペトルチアーニはイタリア語をとても流暢に話すことができたため、イタリアでのコンサートではアナウンスを自らイタリア語で行った。

ペトルチアーニは、若い頃から体質上「寿命は20歳程度まで」と言われていた身だった。実際にはそれよりはるかに寿命を長らえて活躍したが、ツアー先のニューヨークで急性肺炎を起こして死去した時は、36歳の誕生日から10日足らずであった。彼の遺体はパリのペール・ラシェーズ墓地内、フレデリック・ショパンの墓からほど近い場所に葬られた。」

 YouTubeでの動画での演奏は、音だけを聴いていると、そんなハンデのある人とは微塵も感じさせない素晴らしい演奏。
 普段、五体満足でいることのありがたみを忘れがちであるが為、彼らの足跡を胸に刻み、常にハングリー精神を忘れずにいたい。




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2009年2月20日金曜日

これさえあればと、あの時は・・・


時とともに成長するのは、人間ばかりでなく、ハードウェア周辺も同じですね。PC環境も時とともにデータがかなり増大化してきました。今から、3年位前にデータのバックアップと音楽データのストック用にと外付けのHDを購入しました。 容量は250GBで、当時は、「これだけあれば、充分」むしろ「こんなに使わないよ」といった考えで購入したわけなんですが、人間というのは貪欲なんですねえ・・・
 そろそろ容量が足りなくなりつつあるわけなんです。なににそんなに使ってるかというと、ほとんどが音楽関係のデータです。 itunesの音楽データの格納庫になってますし、さきほどitunesのミュージックライブラリを確認したら、15000曲余りありまして134.54GBの容量ありました。あまり曲数がないのは、一曲一曲のビットレートが平均320kbpsというのが大きな理由です。 それと、高画質の動画データですね。昔のRock、Jazz関係の動画データがほとんどです。これから、更に高画質の動画データも出てくるでしょうし、この際、通常使用には今あるHDを使って、本来のバックアップ用に大容量のHDが欲しいなってことで、Amazonで検索したら、なんと1TBのものが1万チョットであるじゃないですか ということで、明日はチョット仕事がんばります






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2009年2月19日木曜日

世界のギタリスト(オーストリア編partいくつか忘れた)

また始まったね悪い癖が・・・blogネタがないと、シリーズものにはしる癖が。しかも、前のシリーズがどこまでの内容なのか把握してないものだから、この始末。アバウトな管理人をどうか寛容な目でみてください


いいわけは後にして本題の世界のギタリストの紹介です。今回はオーストリア編ということで、まちがってもオーストラリアじゃありません、オーストリアです。トとリの間にラが入るだけで、えらいイメージが違いますねこの二つの国は・・・ 今の時期、オーストラリアは過ごし易いんだろうなあ・・ 行ってみたいなあオーストラリア・・ マイミクさんにもオーストラリア住んでる人いるし、 いっそ行ってしまおうかな・・・


で、話は音楽の都ウィーンのあるオーストリアのほうへ前回もオーストリア出身のギタリストを紹介した記憶があるのですが、この人は初めてですね。 そのギタリストとは 名前がすごいんですよ なんと Wolfgang Muthspielっていうんですよ あの有名なモーツァルトもWolfgangですよね。きっと小学生の頃にからかわれたんでしょうね 「おい、あのモーツアルトと同じ名前だったら、なんか弾いてみろよ」とか 高校生くらいにもなると居酒屋のヨッパライに 「おい、兄ちゃん、なんか一曲たのむよ」とか、更に性質の悪いヨッパだと 「おめえ、たいそうな名前してんのに、そんな曲も弾けねえのか」とか、きっと絡まれたでしょう・・・ 話は脱線しましたが、やっぱりこのギタリスト名前に恥じないギタリストでした。ジャンルはといえばJazzなんですが、今のJazz Guitaristに共通していえることなんですが、いろんなジャンルの音楽を自分なりに吸収して今があるって感じです。 クラッシックギター、チョット勉強してみようっと
 Ich liebe W






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